ジョン・レノンが凶弾に倒れてから今年で25年、早いものですね。当時の私には彼がどれくらい凄い人物でなぜそれほど大きくテレビで扱うのか理解することが出来ませんでした。ビートルズという名前は知っていてもジョンがメンバーだとは知らなかったのです。
彼は熱狂的なファンによって放たれた銃弾によって命を落としました。主夫としての生活から抜け出して再び音楽の世界に戻って来ようとした矢先の出来事です。どれくらい悔しくて、どれくらい残念であったか当のジョンの気持ちを計る事は出来ません。しかし後にビートルズを聴き、そしてジョンの痛烈な主張にノックアウトされた私にはただただ残念な事件でしかありません。
以前にも書きましたが私はジョンの思想というのはかなり過激でありとても平和を祈るようなものでは無いと感じています。とても厳しく、とても皮肉で、嫌味で、しかし歯に衣着せぬ言葉の裏側に人間ジョン・レノンのどうしても言いたい言葉がつまっているのでしょう、だからこそ反論したくなるような逆説的な言葉さえ引っかかってくるのです。そう、彼の言葉のひとつひとつが引っかかってくるのです、困ったものです。
イマジンで歌われるのはジョンにとっての理想の世界、国も宗教も無いと歌われるこの内容がどれほど過激であり国を治める国家にとっていかに危険思想であるのかわかります。当時の公安関係がジョンを監視していたそうですし、国外追放されてもおかしくなかったのですね。そんな危険を冒してまで彼は理想を語ってきました。世に理想を語るものはそれこそ星の数ほどいます、しかし彼の言葉は今や平和の象徴として語れているのです、それは宗教を持たぬ日本人にはいいかもしれません、しかし宗教を持つ人々、今の世の中の最大の焦点であるキリスト教とイスラム教、国という垣根、それら全てを否定するだけのパワーが彼にはあったのですね、それはそれは凄い事なのです。
人々に力を!、そう訴え、戦争は終わったと告げる。夫となり、父親となり、ビートルズを否定し、キリストを否定する・・・。自分の置かれた立場でその怒りをぶつける、それもポーズでは無く実践したのです、その姿勢に私は尊敬の念を抱くのです。もし彼が今の時代に生きていたとしてその怒りの矛先はどこへ向かったのでしょうか?より過激に歌の世界で自らの主張を通したのでしょうか?疑問ではありますがそんな姿をぜひ見たかったものです。
タグ:John Lennon 思想






素敵なブログですね。
僕と音楽の趣味が似ていると思いました。
私は、彼がそんなに過激だとは感じてなかったのですよ。
マイルス・デイビス、コルトレーン、ジミーヘンドリックス、ツェッペリン、、、と書きかけて、左のサイド・バーにみんな有りますね(笑)
あの頃はみんな過激でしたからね。
ジョンが今生きていたら・・・。
僅差の票で大統領になったブッシュ氏が、ここまで我が意をふるう世の中には、成っていなかった気がします。
今は、正論を堂々と言うミュージシャンが少なくなりましたね。
夢のような正論を吐いて、世の中を軌道修正して行くのがアーティストってもんだと、私は思うのです。
コメントありがとうございました。
独断と偏見のページですがまた遊びにきてください、お待ちしています
hirononさん、こんにちは(^^)
過激という意味が時代ごとに変わってきているのでしょうね
だからこそ今と比較するのかもしれないです
ジョンはもういません、でもジョンの意思を継ぐような人々も沢山いることでしょうね、そういう意味で彼は死んではいないと思います
Meelさん、こんにちは
彼の皮肉や嫌味を生で聞いてみたかったものです
多分あんなに嫌な人はいないだろうなぁ><
そしてまた、クリスマスの時期には必ず
彼の歌声が子供の歌声と共に聞こえて来ます
LOVE&PEACE